2026 Autumn & Winter
福井の職人たちと
わたしたちの眼鏡
ふいに、立ち尽くす時がある。
それほどに、眼鏡というものは奥深い。
それでも私たちは、鯖江の街に根を下ろし、
たゆまぬ学びの中で、眼鏡職人とともに時を重ねてきた。
山と海に抱かれた福井県。
長きに渡り、ものづくりの営みが続いてきたこの土地には、
眼鏡に限らず、それぞれの技を磨き、
手間を惜しまぬ人たちがいる。
ふと思った。
ものをつくる人が選ぶ眼鏡は、どんな一本になるのだろう、と。
選ばれた眼鏡が、その人にどう馴染むのか。
ものづくりの風景の中で、どんな姿を見せるのか。
2026年秋冬の新作を携え、
福井でものづくりを生業とする人たちのもとを訪ねた。
- PHOTO BY
- Akihito Mizukami
01
株式会社 滝製紙所
越前和紙職人
約束の時間より随分早く、目的地のある地域に入った。
せっかくだからと、紙漉き業における信仰の総本山、岡太神社・大瀧神社に寄った。神社には、約1500年前に村人に紙漉きの技を伝えたといわれる「紙の神様」が祀られている。
ここ越前市大滝町は、古くから紙漉きが盛んな地域なのだ。
参拝を終え、「滝製紙所」に向かう。
滝製紙所七代目、越前和紙職人の瀧英晃さんが、長靴姿で気さくに私たちを迎えてくれた。
英晃さんが手漉きを行う作業場は、水気を含んだ空気に包まれていて、交わす言葉も少し響いて聞こえてきた。
中央には、やや濁った色の水で満たされた大きな槽があり、床も道具も濡れている。
「この仕事で一番困るのは、やっぱり水不足」という英晃さんの言葉が、水に満ちたこの場所を見ていると、よく分かる。
キャップを後ろ向きに被った英晃さんが眼鏡をかける。オーバルタイプの繊細なメタルフレームが特徴の、PREMIUMシリーズ「PREM-151 NT」。
そのまま始まった二人がかりの大紙漉き。
竹ひごと木枠で組まれた「簀桁(すけた)」が、大きな槽へ沈んでは浮かぶ。
バシャン、バシャン。
何度も何度もくり返す。豪快に、繊細に。
窓から差し込む光が、雲に遮られたり、顔を出したりを繰り返している。時折、作業場が影に覆われる。わずかな光を拾っているのか、波立つ水面の反射なのか、英晃さんの目元のフレームが、くっきりとシルバー色を放っている。
眼鏡の奥にある、静かな鋭さを帯びた英晃さんの眼差しがなんとも良くて、繰り返される水音を聴きながら、しばらく目を奪われていた。
機械抄きの作業場は、英晃さんの父、六代目・隆一さんの持ち場だ。
使い込まれた道具たちが並び、どこかノスタルジックな空気を漂わせている空間に、重厚な存在感を放つ大きな機械がある。
声を掛けると、隆一さんは掛けていた眼鏡を外し、SIRMONTシリーズ「S-704 BT」を手に取り、大きな機械の方へ近づいてゆく。よどみのない一連の所作と、すっと伸びた姿勢に、足腰の強さを感じる。
まくった袖から覗く腕には血管がくっきりと浮き出ていて、細身の見た目からは想像しなかった逞しさに驚かされた。
ありきたりな言い方だけれど、まさしく、職人の腕だと思った。
働き慣れた場所で大きな機械と対峙する。
隆一さんの引き締まった表情に、存在感のある眉型ブローラインの眼鏡が、見事なほど馴染んで見える。クラシックな渋い趣があって、絵になっている。
撮影した姿をモニターで確認していると、通りがかった英晃さんが画面を覗き込んだ。
「親父、かっこいいやん」
笑顔でそう言った英晃さんの声は、隆一さんの耳に届いただろうか。
最後に、隆一さんと英晃さんに並んでもらう。
「親父と2人で撮ってもらうの、初めてかも」
少し照れた英晃さんの表情が印象的だった。
1875年創業、六代目と七代目。
さっきまで仕事場で見ていたそれぞれの姿とは違って、少しだけ肩の力が抜けたように見える。和やかな雰囲気の中、眼鏡を掛けたふたりが並ぶ姿が微笑ましくて、嬉しかった。
撮影と撤収をすべて終え、外に出ると、小雨がポツポツと降っていた。
「この仕事で一番困るのは、やっぱり水不足」
英晃さんの言葉が浮かび、自然と、恵みの雨になればいいなと思った。
FEATURING
- 瀧 隆一
- 瀧 英晃
SPECIAL THANKS
株式会社 滝製紙所
〒915-0234 福井県越前市大滝町27-30
1875年創業。福井県越前市で越前和紙をつくり続ける製紙所。手漉きと機械抄きの技術を用い、伝統的な和紙から現代の空間やアートに用いられる紙まで、幅広いものづくりに取り組んでいる。
02
株式会社 モンスター
縫製工場
洋楽のポップソングがフェードアウトして、カーナビが目的地付近に到着したと告げた。左に曲がり、小さな公園の前を通り抜けて駐車場に入る。
撮影機材を取り出し、トランクを閉めようと顔を上げた視界に、大きな白い看板が入ってきた。エレガントな細い書体で記された「MONSTER CO.,LTD.」は、レトロにも、モダンにも見える。
日野川から道路を挟んだ、すぐほとり。
越前市堀川町にある、老舗の縫製工場「モンスター」を訪ねた。
エントランスから通路を抜けると、広大な工場空間が広がっている。
天井には直管型の蛍光灯が列をなし、ところどころに電源用コードが垂れ下がっている。ミシンが備え付けられたデスクや作業台が並び、奥にはアイロンを使う姿が見える。椅子は回転式で、座ったままくるりと体を向け、後ろの人と言葉を交わしている。
その中に、ミシンに向かう若い男性がいる。
道場 雄太さん。
元々、ものをつくることが好きだった。ファッション専門学校に在学中、インターンシップに参加。ここならもっと伸びると思い、モンスターへの入社を決めたそうだ。
「縫製の仕事を覚えながら、自分でも服を作っていきたい」
道場さんの言葉はまっすぐで、だから、眩しく感じた。
道場さんが選んだ眼鏡は、「BJ CHECKMATE CE」。スクエアシェイプのクリアグレーフレームが眼差しを引き締める。
視線は、針先へと向けられている。黒色の布に品質タグのようなものを置いた状態で、指をわずかに動かし、生地を送る。
没頭している、そんな表情にカメラを向ける。
道場さんが教えてくれた。
「加藤さんを尊敬しています」と。
その加藤さんを含む先輩たちにも眼鏡をかけて、カメラの前に集まってもらった。はじめは戸惑っているように見えたけれど、顔を見合わせれば自然と笑いがこぼれる。
先輩たちに囲まれた真ん中で、ひときわ背の高い道場さんも、この日いちばんの笑顔を見せていた。
もうひとり、若い世代に目を向ける。
企画開発課、沖田真実さん。
工場内の一画には、白い布で覆われた店舗スペース「CONVENIENCE/STORE」がつくられている。また、音楽イベントやワークショップの会場としても使われる空間「M/SPACE」も設けられている。
こうした場所の仕事を担っているのが、沖田さんなのだろう。
沖田さんが選んだ眼鏡は、PLASTICシリーズ「P-585 PP」。立体的で奥行きのあるデザインが特徴だ。
沖田さんの顔立ちとボブヘアに、テレビジョンカットが施されたフレームが加わると、すっと輪郭が際立ち、洒落て見える。
「緊張します」と話していたけれど、カメラを向けても物おじする様子はない。
「視線はどうすればいいですか」
「眼鏡の位置はズレていませんか」
気になることを、その都度投げかけてくれる。
沖田さんは大学でデザインを学び、卒業後はグラフィックデザイナーとして活動していたという。だからだろうか、写真をどう見せるかという視点を持っていて、カメラの前でも自然と活かされているように感じた。
撮影がひと段落し、ほっと肩の力を抜く。
光を入れるため開けていた窓のブラインドを下ろしながら、この場所を改めて見渡した。
1949年創業、昭和の面影が残る縫製工場が、新しいものづくりの場として息づいている。
長年ものづくりに携わってきた熟練の職人たちがいる。その隣で、真新しい手が技術を磨いている。それぞれが、それぞれの持ち場で、それぞれの仕事をしている。
そんな情景を眺めているうちに、この工場が、ものづくりをする人たちが集まった、ひとつの街のように見えてきた。
車まで撮影機材を運んだ後、少々の名残惜しさを抱いたまま、すぐ近くの日野川まで歩いて向かった。
親水緑地の木陰に置かれたベンチに座ってしばらくすると、茂みの向こうに気配を感じた。目を向けると、名前の知らない小ぶりの鳥が羽ばたくところだった。
一羽、また一羽と、鳥が福井の空に飛んでいった。
FEATURING
- 道場 雄太
- 沖田 真実
- 加藤 礼子
- 重川 名美子
- 玉邑 文子
- 南 絹子
SPECIAL THANKS
株式会社モンスター
〒915-0061 福井県越前市堀川町4-36
1949年創業。福井県武生の地で一台のミシンから始まり、長年にわたり縫製を中心としたものづくりに携わる。培ってきた技術と経験を大切にしながら、時代に合わせたものづくりに取り組んでいる。
03
髙岸眼鏡
元眼鏡職人
夜明けの名残りを残した山々が、わずかな陰影を浮かべて流れてゆく。
目的地は、私たちが拠点を置く鯖江の、とある建物。
まもなく到着する待ち人は、かつて私たちと共にBJ CLASSIC COLLECTIONの眼鏡をつくっていた元眼鏡職人の夫妻。髙岸信夫さん、そして、幸子さん。
車の到着を告げる砂利の音が聞こえる。
夫妻を招き入れながら、心からの感謝を告げる。
よし、始めよう。
ここには、髙岸夫妻から譲り受けたものがある。眼鏡職人だった頃に使っていた機械だ。夫妻はそれを「相棒」や「我が子のようなもの」と表現した。
夫妻は一度立ち止まり、機械が置かれた空間を眺めた後、またゆっくりと歩き始める。「いいところに置いてもらったなぁ。」そう言った。
信夫さんが選んだ「BJ CHECKMATE CE」は、1950年代中後半に発売された眼鏡のディテールを復刻したもの。10代半ばで眼鏡職人を始めた信夫さんにとっては、当時のスタイルということになる。
静寂の中、小さなシャッター音だけが鳴っている。
カメラを見据えた信夫さんの表情は、落ち着きを感じる自然体そのもので、眼差しに揺らぎがない。白い髪と黒いフレームのコントラストも、実にいい。惚れ惚れする。
椅子に腰掛けてもらう。椅子の前には、信夫さんが「相棒」と呼ぶ機械が置いてある。この機械は、眼鏡の「型抜き」に使われる。
信夫さんが、手を伸ばして愛でるような手つきで機械を触っている。「この機械、どうやって使うんですか」と尋ねると、座る位置をわずかにずらし、レバーに左右の手を置いた。
少し背中を丸めて体を止めると、レバーをぎゅっと握り直す。
なぜだろう、その姿がまるで、ジャズピアニストのように見えた。
ネクタイを締めたジャケット姿が、眼鏡とよく似合っているからだろうか。それとも、機械との一体感に凄みが増したからだろうか。
撮影の様子を、少し離れた位置から幸子さんが見守っている。
幸子さんが使っていた機械もここにある。
「私が使ってたのはこれよ」
デスク型の機械の天板を、両手でめいいっぱい撫でながら言った。
「我が子のようなもの」と話す幸子さんの表情に、笑みが浮かぶ。
幸子さんが選んだCOMBIシリーズ「COM-304 PT」は、白頭鷲のリベットをなくして、よりシンプルに仕上げた一本。
ジャケットから覗く千鳥格子柄のシャツが効いていて、前髪をふんわりと立ち上げたヘアスタイルに眼鏡の質感がよく似合う。凛とした表情の中に、どこか愛嬌がある。さながら映画女優のように。
撮影中、ウィンクをしたり、舌を出したりと、時折お茶目な仕草で場を和ませてくれた。幸子さんはこうして人との関わりを楽しみながら、職人気質の信夫さんと一緒に、長い職人人生を歩んできたんだろう、きっと。
信夫さんと幸子さん。ふたりが、眼鏡を掛けて並んでいる。
私たちの眼鏡に「CLASSIC」と付けて求めてきたものが、ふたりの姿を通して輪郭を帯びてくる。
それは例えば、普遍的な美しさや、品格といったもの。
夫妻は眼鏡づくりを引退した今も、ものづくりを続けている。自ら育てたひょうたんを使ったものづくり。
この日、私たちへのお土産として、小さなひょうたんでつくったキーホルダーを用意してくれていた。ひょうたんに何層もの色を塗り重ねた後、色を磨き出す手法で、ひとつひとつの色合いに違いがある。
鮮やかに彩られたキーホルダーを手のひらに乗せ、私たちは口々に喜びを伝えた。
ここには、髙岸夫妻から譲り受けたものがある。
眼鏡をつくる機械。それと、機械に宿った、ものづくりへの情熱。
私たちはこれからも眼鏡をつくってゆく。
大切なものがあるこの場所で。
撤収作業の中、一足早く出発する髙岸夫妻を見送った。
出口へ向かう夫妻を照らす光が、私たちには逆光となっている。光の中を歩く夫妻のシルエットを、眩しさに少し目を細めて見つめている。
「大きな背中だ」
ポケットの中のひょうたんのキーホルダーに触れながら、そう思った。
FEATURING
- 髙岸 信夫
- 髙岸 幸子
SPECIAL THANKS
髙岸眼鏡
福井・鯖江の地で、夫婦でセルロイド眼鏡の製造に携わってきた。長年にわたり眼鏡づくりと向き合い、職人として技術を積み重ねてきた。現在は眼鏡づくりを離れ、ひょうたんを育てながら、その形や素材を活かした作品づくりを続けている。



















